オヤジたちのキッザニア。
私はこの店をひそかにこう呼んでいます。
なぜか。焼鳥屋の「職業体験」ができるから。
店内奥に据え付けられた焼き台には炭火が入れられていて、客はこの上に自分で焼鳥を乗せて焼き、そのまま食べることができます。まさにセルフ焼鳥。
カウンターで売ってる生の焼鳥は1本100円。ねぎまとつくねの二種類だけ。これを焼き台に持っていき、炭の上に乗せてあぶっていきます。
味付けも自分の思いのまま。
塩コショウはテーブルの上にある卓上瓶のものを。
タレがご希望とあれば、焼き台の横のホーローポットの黒い液体がタレですので、最初につけるもよし、最後につけるもよし、さらには何度つけてもよし。それでどのように味が変わるのか、まるで理科の実験です。
もちろん、焼き加減も思いのまま。
たまたま隣になったおじさんは昔、焼鳥屋でアルバイトしていたとかで、焼き方を伝授してくれました。彼によると焼鳥は、密集させると早く焼けるのだそう。上昇する熱気を遮って高温になるからでしょうか。たしかにぎゅうぎゅうに並べた焼鳥は早くこんがりとなりました。ここで練習を積めば、立派な焼鳥屋になれそうです。
こんな店、日本広しといえどもここだけじゃないでしょうか。よく保健所が許しているものです。まさに焼鳥屋という職業体験の場、オヤジのキッザニアなのです。
ただ、面白がって何本も焼いているとお姉さんに怒られます。「焼鳥はお一人様四本位にしてください」。この焼き台は店一番の人気の場所。同じ人、同じグループがずっと焼いていてはみんなが楽しめないからとの配慮から生まれたルールがあります。ただし、午後5時の開店直後などのすいてる時間は見逃してくれる場合も多いですから、たくさん焼きたければ早めに行きましょう。
この店があるのは茅場町。「かやばちょう」って読みにくいですが、日本橋の東につながり、日本の金融街の一角を占める街です。東に向かうとすぐ川があり、橋を渡ると新川(霊岸島)、さらに進むと永代橋を越えて門前仲町と続きます。
地下鉄を出てすぐ東を流れる川のたもと。古い建物の、2台車が並んだまんなかに大きな赤い提灯がぶらさがっています。これが営業中の証です。しかしもし提灯がなかったら絶対に飲み屋だとはわからない場所。ここがオヤジのパラダイス「ニューカヤバ」です。
店内は20畳はある大きな空間。真ん中に丸いテーブルが4つ置かれ、片方の壁には酒の自販機がずらっと並び、反対側にはカウンターがあって、お姉さんたちがつまみを販売しています。
つまみは家庭料理そのもの。みんなちょっとずつ盛られていてひと皿200円前後と格安。ひとりでふらっと来てもいろんな品を楽しめます。
内容は手間のかかった和の総菜が中心ですが鮮魚などもあり、写真のホタルイカのほか、しめ鯖はとくにお勧めです。もしセルフ焼鳥コーナーがいっぱいで「オヤジのキッザニア体験」ができなくても、じゅうぶん楽しめる内容です。
この店は以前、午後4時に開店していました。というのも、株式市場が終わるのが午後3時。ですから証券会社で株取引に関わる人々の勤務終了は早いため、彼らに合わせる形で早めにオープンしていたのです。
写真は営業終了直前のすいてる時間に撮ったものですが、この店は普段、常に満席。丸テーブルはもちろん、川沿いの窓際にもこうしてテーブルがしつらえられ、何組ものおやじたちが押し合いへし合いで貼りついては酒を酌み交わしています。
なお、この店は女人禁制です。
正確に言うと、女性だけのグループや、女性のほうが数が多いグループは入店お断り。
というのも女性が多く入ることによって、楽しく飲んでいたオヤジたちの心が乱されるから。たとえば女性の歓心を引こうと奢ろうとする男が出たり、近寄って話しかけようとしたり、それまでみんなで紳士的に静かに楽しく飲んでいた場が、女性が入ったことによって乱されるためだとのこと。
たしかに自分の心に手を当ててみても、立ち呑み屋で隣に若い女の子が来たら意識してしまいますし、話しかけたくもなってしまうでしょう。
女人禁制は「オヤジのパラダイス」を守るためにはしかたないのかもしれません。
さて、この店のもうひとつの特徴は、壁一面に並んだ酒の自動販売機。下の窓にコップを入れ、100円を入れると酒が注がれるタイプのもので、写真中央の「白波」のものは昭和39年の開店以来の歴史ものだそうで、54年にわたってこの店に集うオヤジたちを見つめてきました。
東京オリンピックが開かれた昭和39年から54年。この店はもう一度オリンピックを迎えようとしています。
時の流れの中で、多くのサラリーマンの憩いと癒しの場として、安くておいしいものを提供してきたこの店が、永く永く続いていってほしいものです。
「ニューカヤバ」(茅場町・立ち呑み)
https://tabelog.com/tokyo/A1302/A130203/13019482/