むかし昔、私がスポーツに関わる仕事をしていたころ、スポーツキャスターの女の子とクリスマスの予定について話すことがありました。
くりっとした瞳が、かつてのアイドル・浅香唯によく似ていて当時は非常に人気があった彼女。
「クリスマスのご予定は?」
ちょっと茶化して尋ねると、彼女は「ないです」と一言。
「イブは、学生時代の女友達で集まってパーティーをするんですよ。カップルがいる店に行くとわびしいし、腹が立つから、”どじょう鍋の店”でパァーっと。」
どじょう鍋という、クリスマスとは無縁の料理で寂しさを紛らわそうとする彼女の現実に驚いたことを、きのうのことのように覚えています。また当のどじょうたちも、そんな後ろ向きの理由で食べられてしまうとは夢にも思わなかったことでしょう。
その”どじょう鍋の店”がここ。
当時はセンター街の突き当たり、「やしま」も入居していた古いビルにあったのですが、去年、建て替えによって渋谷駅からすぐの場所に移転してきました。
どじょう鍋というのは、実はどじょうを食べる鍋ではありません。どじょうを煮込むことでで出てくるうまみをネギに吸わせて食べるのが本来の食べ方。
ですから、どじょう鍋そのものは2人で最初一人前もとればじゅうぶん。あとはお玉などと一緒に付いてくるネギをてんこ盛りにして酒と一緒にちびちびと楽しめばどじょうのうまみをとことん堪能できた上に、勘定は意外にも安くあがるのです。
「柳川」にしたってそう。割り下に溶けだしたうまみを卵が包み込むことでうまみが増幅されるのです。ある意味、どじょうというものは昆布や煮干しのようなダシを取るための材料であると考えたほうが、どじょう料理を理解しやすいかもしれません。
またこの店はどじょう料理の一方で、鯨料理も充実。
いちばん小さな魚であるどじょうと、一番大きな”魚”である鯨を一緒に扱うのは、江戸時代から多くのどじょう鍋の店で行われていたようで、この店もその伝統を受け継いでいるのです。
「くじら竜田揚げ」は鯨の赤身に甘辛いたれがしっかりしみ込ませてあり、身も柔らかくおいしく食べられます。
また「くじら汁」は甘めの味噌汁に鯨の白い脂身を浮かせたもので、脂身の濃厚なうまみが全体に行き渡っていてなかなか感動ものの美味です。
ほかにも、千切りにしたみょうがに酒盗を乗せた小品など、どれを食べてもおいしく、安心できます。有名テレビキャスターだった女の子が、イブをここでやり過ごしたように、どじょう鍋を囲んでちびちびと酒を酌み交わせば、冬の寒さもさびしさも、みんなどこかに飛んで行ってしまうことでしょう。
気の置けない仲間でゆっくりと酒を酌み交わせるいい店として、ぜひ選択肢に入れておいてください。
「駒形どぜう」(渋谷・どじょう料理)
https://tabelog.com/tokyo/A1303/A130301/13001789/