「目黒のさんま」がなぜ目黒なのか、
いまの人はほとんど理解してません。
さんまは江戸時代の後半までは外道とされ、食べられずに肥料とされていた魚。その後、庶民は食べるようになりましたが、それ以外の層は食べることがありませんでした。
しかも当時の目黒は江戸の範疇の外であり、思いっきり農村地帯。氷も手に入らない時代に、日本橋の魚河岸から徒歩で3時間も4時間もかけて運ばれてきたサンマが新鮮なはずはないのです。
なのに世間知らずのお殿様は、初めて食べる脂の乗ったサンマに魅了され、「サンマは目黒に限る」と言ってしまう、というのが噺の本当のキモなのです。
それだけ魚の輸送の有無で差が出た時代。
その記憶をDNAが引きずっているのか、私たちはいまも、魚市場からの距離でつい魚の鮮度を判断しがち。
しかし氷が容易に手に入るどころか、冷蔵車も普通になったいま、距離はもはや意味がなく、魚そのものの質とそれを見分ける目と料理人の腕だけが違いを生んでいます。
さて、前置きが長くなってしまいましたが、何が言いたいかというとこの店の魚のうまさ。
肉厚に切られたカンパチの身の弾力のすごいこと。
もちもちとしてシャクっと歯触りよく切れ、旨味が吹き出してくる感じ。身の断面が大きい上に肉質の分、量が多く、さらに皿の端には細切れが茗荷などと和えてあってこれまたおいしい。
しかも、つまも自家製。大根は桂剥き。ほかも彩りよく添えられ、とても1,000円の刺し盛りにかける手間ではありません。感激です。
これで1,000円?と尋ねてしまいます。
この店があるのは福岡・長浜市場から20kmほど。日本橋から目黒どころの距離ではありません。
でも現代の輸送技術をもってすればこの程度の距離など関係がない、ということを舌に教えてくれました。
そして次の「あらかぶの唐揚げ」もまたうまかった。濃いオレンジ色に揚げられた丸ごとのあらかぶはどこもカリッカリ。
しかし箸を入れた瞬間、白い身が湯気とともに現れ、口に入れるとホックホク。濃いうま味が口の中いっぱいに広がり、つい笑顔になってしまうほど。これもまた1,000円とは…。
突き出しの三品も手抜きなく、とくに細いアスパラにかかっていたタレというかドレッシングというかの味も見事。
おやじさんひとりでやってるカウンター中心の小さな小さな店とはいえ、コストかけすぎで大丈夫ですか?と聞いてしまいそうになりました。
ここの魚は安くておいしい。ちょっと通い詰めようと思います。
「味美」(福岡二日市・鮮魚料理)
https://tabelog.com/fukuoka/A4003/A400301/40052660/