名物、アブラパンです。
名前があまりに衝撃的ですが、昔はけっこう各地にあったとのこと。アブラはもちろん「油」であり、けっして「脂」のほうではありません。
戦後まもなくの時代、復興途中でまだ貧しかったころ。食用油は貴重品であり、揚げパンはごちそうでした。
上の写真のアブラパンはあんパンを揚げたもの。昭和23年創業のこの店の、昔から変わらぬ人気商品です。
名前からしてベタベタギトギトしてそうですが、意外にさらっと軽い口当たりで餡の量も甘さも控えめ。けっこう洗練されている味に驚きます。
この店があるのは広島県福山市の鞆の浦。
瀬戸内海の中央に位置し、潮の流れの境目にあるため「潮待ちの港」として栄えた天然の良港です。海上交通と通商の要として栄え、豪商が軒を並べたという街並みはそのまま現代に残っていて、町全体がまさに生きた遺産。
坂本龍馬の乗った船「いろは丸」が沈没した際の談判の場所となるなど、数々の歴史の舞台となったことで知られるほか、最近では、宮崎駿監督がのべ数か月にわたって滞在し「崖の上のポニョ」を構想しています。
実はその滞在期間中、宮崎駿監督はこの店に毎日のように通い、パンを買っていたとか。
昔から変わらぬパンに愛着を覚えたのでしょう。このアブラパンも食べたはずです。
実は、この店のアブラパンは1種類ではありません。
写真にあるように、餡の入ったものに加えてクリームがはいったアブラパンも存在します。
しかもそのパンの袋の裏に書かれている商品名は「油クリーム」。
まるでポマードでも連想してしまいそうな名前ですが、カスタードクリームの量はさほど多くなく、これもまた甘さ控えめのいたって上品な味。ささやかな贅沢というものがまるで生き抜いてきたかのような存在です。
街の経済発展が止まると、流れる時間も止まり、街並みはそのままの姿で残ります。かつて訪れた社会主義時代のプラハがそうでした。
ここ鞆の浦も、海運から陸運への時代の変化に取り残され、あたかも江戸時代そのままの姿で私たちの目の前に存在します。
この飾らない素朴な街にふさわしい、素朴なパン。いつまでもこの姿で残っていてほしいものです。
「村上製パン所」(福山鞆の浦・パン)
https://tabelog.com/hiroshima/A3403/A340301/34012959/