店に入りきれず、道にあふれた人々が、テーブル代わりのビールケースを囲んで思い思いに飲んでいます。夕方5時でこの賑わいです。
場所はJR浜松町から西へ5分ほど行った場所で、都営地下鉄大門駅からはすぐのところ。山手線の内側の都心で、夕方4時の開店直後からこんな光景が繰り広げられていようとは、よその人々はみな夢にも思わないことでしょう。
ここは、せわしない都会の一角に、時が置き忘れていった場所。ぽつんと残された幸せの空間です。
そんなこの店で、まず食べておきたいのは「たたき」。
串に巻き付けられ、涙のような形に整えられたつくねには、細かく砕かれた軟骨がアクセントとして入っていて、コリコリ、ぷちっという食感が楽しめます。たれも甘辛いけど甘すぎず辛すぎずのいい塩梅。1本220円と、この店としては安くないのですが、「ひとり1本のみ」と限定になる理由がわかろうというものです。
また庶民的酒場の定番、「にこみ」「にこみどーふ」もあっさりとしながらもとろとろ。うま味やコクもふんだんにあってとてもおいしい一品です。月島の「岸田屋」の、非常にこってりした味の煮込みとは対極でありながら、双璧をなすと言えるのではないでしょうか。
とくにこの店の煮込みがユニークなのは、最初から豆腐も一緒に煮込んで作られていること。「にこみどーふ」の注文のときはもちろんそのまま。ところが「にこみ」の時には同じ鍋から豆腐だけを取り除いてすくって客に提供するのです。
逆、つまりベースに煮込みがあって豆腐を足して提供することはあっても、豆腐を取り除いて提供する店は初めて見ました。料理というのはいろいろあるものですね。
そのほか、さくっと軽い歯触りの豚レバーをはじめモツはみな新鮮そのもの。
そのほか粕漬けの鮭のカマ焼きもおいしく、どれも酒飲みのツボを押さえた最高のつまみばかりです。
店は、あけっぴろげの1階が厨房と20人ほどがひしめきあう客席。2階もフロア全体が客席となっています。そしてそれでもあふれたら、店の周りを取り囲んでの立ち呑み。二段重ねのビールケースが友達です。
入るならやはり1階で風を感じながら飲むのが風流というもの。目の前の通りを行く人々の驚きの目線を感じられるのも粋というものでしょう。
ただ、1階席は「くさや」の注文が入ったときは大変。もうもうとした煙が、猛烈な臭いをともなって客席に襲いかかってくるのです。しかしせっかく確保したこの席、死んでも明け渡すわけにはいきません。耐えがたきを耐え、忍びがたきを忍び、ただただくさやが焼き上がるのを待つのです。
酒は、焼酎がありません。
日本酒「高清水」を中心に、瓶・生・黒の各種ビールやワイン、ウィスキー、それにレモンハイはあるのですが焼酎は一切なし。
こうした安い店で焼酎を置かないなんて、いまどき珍しいほどの頑さですが、たぶんこれは「秋田屋」の名のとおり、郷土・秋田を愛するがゆえのこと。つまり、飲むなら秋田の酒を飲んでほしいのです。また同時に、いわゆる“角打ち”といったような、昔の焼酎を出す店とは一緒にしてほしくない、というプライドというか矜持のようなものを感じます。
安い店ではあっても、ちゃんとしたおいしいものがたくさんあって、店のプライドを感じることができる。そして和気あいあいと、時には知らない人とも話し、仲良くなることだってできる。それが、この店が愛され続ける大きな理由なのかもしれません。
ぜひ一度訪れ、日常の中にある幸せをしみじみと感じてみてはいかがでしょうか。
「秋田屋」(浜松町・居酒屋)
https://tabelog.com/tokyo/A1314/A131401/13001499/