「最近はね、インターネットっていうのがあるでしょ。それでこうして女の子も来るようになったんですよ。」
相席になった老夫婦が、ちょっと嬉しそうに語ってくれました。
浅草から移り住んで40年。近所で商売を営むこの老夫婦は、5時すぎには毎日のようにここを訪れてビールを注ぎ合い、ちょっとしたつまみを仲良く分け合ってはしみじみと楽しんでいます。
ここは十条。
いまは埼京線という名前になっていますが、駅のすぐ南には踏切があり、小さな店がひしめき合う場末感は赤羽線というかつての名の方がよほどしっくりきます。
酒場という言葉が、ここほど似合う店はそうないのではないかと思えてくる木造の店。
てかてかになり飴色になったテーブル、黄土色に染まった壁など、使い込まれた歳月の長さを感じさせる店内ですが、隅々まで手入れが行き届いていて清潔。不快に思うことは一切ありません。
そして驚くべきはメニューの安さ。
串カツ220円、ポテトサラダ200円、もつ煮込み220円。
量は少なめとはいえ、いまどき200円台のつまみが数多くあるのは驚き。ひとりで来てもこの安さなら数品頼んで杯を傾けても1,500円でけっこう酔えます。
味もどうしてどうしてしっかりしたもの。
アジフライや串カツはちょっと粗い衣がカリッとしてサクサクッとしていい歯触り。あつあつで運ばれてくることもあって、十分においしく食べられます。まさに庶民のための、普段使いの居酒屋と言うべきでしょう。
しかし、安さはこの店の最大の魅力ではありません。
冒頭に書いた老夫婦との会話は、小さなテーブルで相席になったことによって生まれたもの。ほかにも店内のいたるところで見知らぬ者同士での会話が盛り上がるのです。さっきまでの他人だった人々が共通の話題を探り当てて語り合い、笑う。
そして片方が店を後にするときには「では、また。」と笑顔で会釈。
たぶんもう二度と会わないであろう一瞬の交わりの不思議と喜びがこの店にはあふれているのです。
人と人との刹那の交わりが、心地よく体験できる場末の店。
乾ききった都会での日々に疲れたら、ぜひ訪れてこのささやかな幸福を感じ取ってみてください。
「斎藤酒場」(十条・居酒屋)
https://tabelog.com/tokyo/A1323/A132304/13003785/