血の池地獄の上に、さらに降りかかる「赤い殺意」。
「赤い殺意」とは、現在のB級グルメの仕掛け人である日経の野瀬泰申さんが、唐辛子を指して作った言葉。
辛さが苦手な野瀬さんらしいユニークな発想です。
それにしても日本の担々麺とは不思議な食べ物です。
戦後すぐ、陳健民氏が本場の材料がなかなか手に入らななかで日本人に受け入れやすいようにアレンジして作ったのがいまの担々麺。
本来、汁がないものを蕎麦にならって汁ありにし、辛さに抵抗がある人々に受け入れられやすいように胡麻のペーストである芝麻醤(チーマージャン)を加えて創りあげました。
以来、数十年が経った今でもほとんどの担々麺はその枠を外れていません。まさにガラパゴス中華とも言え、逆に世界に誇る日本の食とも言えるでしょう。
この店の「汁あり担々麺」は正常進化。
花椒(山椒)も大量に加わった辛さは半端じゃないものの、甘みもありスープのうま味もあり。麺そのものも手抜きなく、小麦の甘みがしっかり感じられる良い麺です。
しかしそうした”ガラパゴス中華”とともに、この店で食べるべきは「汁なし」のほう。
本場・四川の担々麺と同じ、汁の少ない担々麺です。
ただ本場同様の、と言いながらも最初見たときは驚きます。
なにしろ茶色いくずが山盛り。何も言われずに見せられたらおがくずか何かのフンに見えてしまいます。
これらは松の実などのナッツ類とひき肉。この下に「汁あり」とは違う太麺が隠れ、さらにその下には「赤い殺意」に満ちたタレが眠っています。
よくかき混ぜて食べると、汁ありとはまた違う花椒と唐辛子のコンビネーションアタックが襲ってきます。
しかしたっぷりのひき肉の味噌の甘みがこれを受けとめ、さらに太麺の歯ごたえとそこから出てくる甘みと混然一体となったうまさが口内で広がります。
これまで広島の「きさく」で出会って以来、この店の汁なし担々麺を基準に様々な汁なし担々麺を探ってきましたが、ここまで大きく凌駕するものに出会ったのは初めてです。
ただ、本場・四川のものにどちらがより近いか、といえば「きさく」でしょうが、汁なしもまたこの店をメルクマールに日本独自の進化を遂げていくのでしょう。
場所は九段下の駅の北東側。オフィスビルやマンションがひしめく裏路地の角にひっそりとあります。店構えは現代的かつスマートで“何かありそうだな”と感じさせるものがありますが、前もって知識がなければ入らないかもしれません。
変則的なコの字カウンターに10人ちょっとが座れば満席。券売機を買った客は3人までは店内で立って待ち、それ以上は店外で待つことになります。
なお、この店には麻婆豆腐があり、これの小丼が担々麺にセットで付くことがありますが、私が頼んだセットの麻婆豆腐丼は正直辛いだけでうま味を感じることはありませんでした。まあたまたまのことなのかもしれませんが。
とにかく、とくに「汁なし担々麺」は目から鱗が落ちるほどの出色の出来。また「汁あり担々麺」は日本独自のメニューが正常進化を遂げたものとして食べる価値があります。
わざわざ九段下まで行ってまで食べる価値がある、と言えますし、近くに行ったときは必ず行け、と言いたくなるほどの担々麺。
熱くお勧めです。
「雲林坊」(九段下・担々麺)
https://tabelog.com/tokyo/A1309/A130906/13125692/