ベトナムより、はるかに真面目に作ったフォーです。
10数年前、味の素がベトナムに進出したことによって化学調味料はあっという間にベトナムを席巻、いまや現地では化学調味料なしのベトナム料理など存在しないと言ってもいいほどになってしまいました。
しかしこの店は化学調味料を使わず、天然素材にこだわり、しっかりとしたうま味を持ったスープを作っています。その深みのある味とコクは、ベトナムではもう味わえないレベルにあると言っていいでしょう。
つまり、本場よりはるかに真っ当なスープが味わえる店なのです。
なおニョクマム(魚醤)を加えるとさらにコクが深まる感じで、私個人としてはこのほうが好みでした。
そしてフォー自体も生麺。
ベトナムでは麺は生のまま流通するのがほとんどで乾麺を戻したものとは微妙に食感が異なります。そのため、ここでは日本で初めて製造された生麺を使用、しかも原料米を日本産にすることで安心できるものにしたとのこと。
食べてみると、ぬめっとした食感がやや強いのですが、たしかに乾麺よりもはるかにもちもちとしておいしくさすが生麺だと驚きの声を上げてしまいます。
さらに出色なのは香草(ハーブ)の使い方の巧みさ。
ベトナムでは麺類を頼むと別皿に香草や野菜が山のように盛られてきて、それを麺に乗せたり別に手で食べたりするのですが、日本では価格差もあり、ふんだんに使う店はほとんどありませんでした。
しかしこの店では写真のように、別皿とまではいきませんが丼の半分を占めるほど青々と盛られています。香菜(パクチー)の量はそれほどでもないのですが香りは十分。サニーレタスや水菜など、香りの邪魔をしない一般的な野菜をいわば”増量剤”に使う形で豊かな彩りを実現させているのです。正直、これがいちばんうれしい。
今回は「牛肉のフォー(フォー・ボー)」だったのですが、牛肉の塊も味付けが豚の角煮のようで甘くおいしく、いいアクセントとなっていました。
一方、翌日に食べた「ブン・ボー・フエ」。ベトナム中部の古都フエが発祥のこの麺は、ブンというまるい断面を持つ米の麺を使うのが特徴。
現在の日本では「辛い麺」として紹介されることが多く、この店でもかなり辛い味付けなのですが、私自身がフエの発祥の店で食べた「ブン・ボー・フエ」は辣油がスープの縁に薄く見えるものの、さほど辛いという印象は残っていません。
いま日本に伝わっている「ブン・ボー・フエ」はたぶんホーチミン市やハノイの店で紹介されていたものを日本に持ち帰った形になっているようで、いくぶん誇張というか特徴の強調があるのでしょう。
だいたい、ベトナムの人々は辛いものに弱いのですから、辛いブン・ボー・フエというものはヨソの地域による一種のアレンジなのかもしれません。
さて、この店の「ブン・ボー・フエ」の最大の特徴もやはり麺。細めのうどんかスパゲッティを思わせる太さの麺は、弾力もまたスパゲッティのよう。ぷるん、ちゅるん、という感じで口の中で踊ります。
スープはやはり辛めですが、うま味もしっかりとしており、これはこれでおいしいと言える味。牛肉もまたフォーとは味付けが違い、ゆでた感じになっています。
しかし微妙な違いはあるにしても、本場の味をそのままと言っていいほど忠実に日本に持ってきた感じの店。私がこれまで日本で食べたフォーの中では最も現地の味に近く、最もおいしいと断言できます。しかも安い。
高円寺の、昔ながらの八百屋や肉屋などが並ぶ細い路地を抜け、さらに昔は屋内生鮮市場だった「大一市場」の一角にある店は、その時間が止まったシチュエーションと相まってまさにベトナムの市場に迷い込んだかのような錯覚にひたらせてくれます。
本当にベトナムの人々が普段食べているものをそのままに。全身で体験するならばここしかないかもしれません。
ぜひぜひ一度、足を運んでその舌で味わってみてください。決して後悔はしませんから。
「チョップスティックス」(高円寺・ベトナム料理)
https://tabelog.com/tokyo/A1319/A131904/13000707/