うわっ、少なっ。
運ばれてきた「せいろ蒸し」を見たときの率直な感想です。
「せいろ蒸し」とは、福岡県筑後地方を中心としたうなぎの調理法。簀子を敷いた四角いせいろにご飯を敷き詰め、その上にかば焼きにしたうなぎと錦糸卵を乗せ、たっぷりのタレをかけて蒸したもの。蒸すことによってうなぎの身が柔らかくふっくらとなると同時に、タレの味がご飯の隅々まで行き渡り、かなり濃い味の一品となります。北部九州で鰻と言えばせいろ蒸しを指すほどポピュラーで、九州人のソウルフードのひとつです。
今回、頼んだのはせいろ蒸しの「特」(4,000円)。
なのに乗っているウナギはこんなに薄いのです。
しかも、せいろの面積の半分しか覆っていません。隙間を埋めるように、極細の錦糸卵が置かれていますが、見た目のスカスカ感は隠せません。
これが柳川の「本吉屋」なら同じ値段でもっと肉厚のウナギがどーんとあふれんばかりに並べられているはずです。
ところが、食べ進むうちにあることに気づき、考えが変わってきました。どんな変化か?
それは後ほど。
この店があるのは福岡県久留米市。JR久留米駅から歩いて4分ほどの場所にあります。この一帯はかつて呉服など衣料品の問屋街だったらしく、ぽつんぽつんと残る店の看板を見ると衣料を連想させる名前が並んでいます。
暖簾に「旧藩主有馬家御膳寮奉仕」とあるように、この店は江戸時代から続く店。
なんでも、初代が有馬藩主の命によって江戸で修業してウナギのかば焼きの技を持ち帰り、藩主にかば焼きを提供する役目を務めたのが始まりだとか。創業が1804年といいますから、創業214年という老舗中の老舗です。
昼、ふたりで予約なしで行ったところ、通されたのはテーブルのある8畳ほどの部屋。24席ほどもあり、押し込まれる感じでぎゅうぎゅう。外から見ると大きな建物で、たくさん部屋がありそうなのに、なぜか客はみなここに案内されているようです。
もしかしたらほかの部屋はすべて畳敷きの座敷で、夜の宴会だけ使うのかもしれない。そう思ったのですが、この店の営業時間は現在11:00~18:00。宴会など望むべくもありません。結局、久留米という街の衰退に合わせて縮小再生産をしていった結果がこの狭い店内だということなのでしょう。
さて、食べ進むうちに生じた「変化」です。
うすっぺらい鰻をいつくしむように口に入れ、追っかけるようにタレの染み込んだご飯をかき込むという食べ方をしているうちに、ふと気づきました。
鰻特有の生臭さがないのです。
かば焼き単体をかみしめると、ご飯に染み込んだタレとはやや違った味がします。かば焼きを作る際にしっかりと鰻の身にも染み込ませてあるのでしょう。もしかしたら二種類のタレを使い分けているのかもしれません。
さらにタレの味の違いよりも、鰻そのものの質の高さが生臭さがない原因なのではないか、と思いいたりました。いわゆる「脂の乗った」という表現の鰻は身が厚く、どっぺりとした脂が感じられるもの。それが鰻のうま味でもあるのですが、同時に生臭さというか金属質な臭いがつきまとってきました。私たちはそうした負の面を含めて「鰻の味」として理解してきた気がします。
一方でこの店の薄っぺらい鰻は、「脂の乗った」とは程遠い薄っぺらさ。一瞬、穴子かと見紛うほどです。ところが噛めば噛むほどうま味が出てきますし、臭みが一切ありません。食べ進みながらだんだん、このうまさの虜になっていく自分に気づきました。
見た目は決して豪華でないけれども、食べていくうちにそのうまさに気づき、やがて虜になっていく。
たった一食の鰻のせいろ蒸し。そこには奥深い味がありました。
さびれきった久留米の街ですが、かつて栄えていたころの潜在的な能力がいまも息づくのを見た気がします。
久留米に降り立つことがあったらぜひどうぞ。
「田中鰻屋」(福岡久留米・うなぎ)
https://tabelog.com/fukuoka/A4008/A400801/40006363/