【閉店しています】
細い階段を降りると、そこには現代の渋谷とは切り離された異次元空間がありました。
20畳ほどの空間の真ん中には島状の厨房があり、それをのべ30mはあろうかというカウンターが取り囲んでいます。
カウンターに貼り付いてるのは、おやじおやじおやじ…。
まるでここは、絶滅に瀕した渋谷のおやじたちが必死で生き延びようとする、おやじの核シェルター。または、異教徒に弾圧された秘密結社のようです。
この、渋谷とは思えない異空間で、おやじたちはまさに水を得た魚のように生き生きとしていました。その様子は、抑圧されたおやじの異次元緩和です。
ここで必ず頼むべきメニューは、3つ。
はんぺんチーズ。
厚めのはんぺんの中央に切れ目を入れ、チーズをはさんで揚げたもの。これがまさにふわっとろっとしておいしいのです。まさに名物。必ず食べるべき一品です。
ハムキャベツ。
ショルダーハムの下に隠れているのはキャベツの千切り。間にマヨネーズがかかっています。組み合わせとしては何の変哲もないのですが、これがなぜかうまい。これを頼まなければ富士屋本店に来たとは言えないほどのメニューです。
小あじの唐揚げ。
内臓を取るなど丁寧に処理された小さな鯵を、シンプルに塩だけで味付けして揚げたもの。揚げたてのあっつあつをザクザク頬張ると、まさに至福の味わいです。カルシウムもたっぷりで、いかにも身体によさそう。
しかもこの3品を頼んでも合計1,000円いきません。立って飲む甲斐はあります。
メニューはそれこそ星の数ほど。どれも200円台から高くても500円とお財布にやさしい。
そして、お勘定のシステムもまた地下組織ならではのユニークさ。
ほとんどの客が、その日の “予算” をテーブルの上に投げ出して置き、店員が商品の提供ごとにその代金を引いていくシステム。たとえば“きょうの予算は2,000円”と決めて、カウンターの上に置いておけばそれ以上飲んでしまう心配もなく、飲み終わったらさりげなく帰ることができるのです。
少しでも多くのカネを客からむしり取ろうという店ばっかりになってしまった現在の渋谷で、こうした良心的な価格とシステムによって“一日でも多く店に来てもらいたい”という姿勢を示す店はほとんどなくなってしまった、と言ってもいいかもしれません。
そのほかのお勧めでいうと舞茸天ぷら。
和牛のメンチカツ。これが500円とつまみのなかでは最も高いメニューです。
食べ物はぜんぶ量がちゃんとあり、味もそこそこしっかり。
(フライものが容赦なく中濃ソースまみれだったのは残念でしたが)
立ち続けることを苦としなければ、これほどの極楽もなかなかないでしょう。
河島英五が歌った「時代おくれ」のなかにあるおやじの美学。
それは、この飴色に光り輝く一枚板のカウンターに塗り込められているのかもしれません。
ぜひ一度、この “おやじの核シェルター” へぜひ。
「富士屋本店」(渋谷・立ち飲み)
https://tabelog.com/tokyo/A1303/A130301/13007238/