島の人々の間では「山パン」と呼ばれ、親しまれているのですが、我々旅行者にとっては長い間、幻の存在でした。
なにしろ「定期船おがさわら丸が父島に停泊している間は営業しない」というのですから、おさがわら丸が着いてから出るまでが滞在期間という普通の旅行客には行けるはずがありません。
また、場所も島の中心から遠く離れた団地エリアのさらに上。港周辺から歩けば優に25分はかかります。とても一見の観光客ごときがおいそれと訪れられるような店ではなかったのです。
ところがようやく最近になり営業日数が増えました。
どうやらこれまで営業を制限していたしがらみが薄れたとかで、おがさわら丸が島にいる間も土曜日曜、そして入港日と出港日も営業するようになりました。そのおかげでやっと旅行者も立ち寄ることができるようになったのです。
しかしなぜこんな高台に一軒だけパン屋があるのか。それはこの島の不思議な集落構造にあります。
東京都なのに亜熱帯という小笠原諸島。私たちがイメージするのは、ビーチのほとりに家が並び、のんびりと過ごす人々の姿。実際にそういう光景は一部で見られるのですが、しかしこの島のほとんどの人々が住むのは団地。
昭和43年の米国からの返還直後に島に戻った者も、数年前から住み始めた者も、富める者もそうでない者も、ほとんどの島民が住むのは都営住宅。その理由は語り始めるときりがないので省略しますがまるで昔のソビエトのような、一種の共産主義社会のような居住形態がこの島の特徴となっています。
そしてこのパン屋があるのは団地のエリアの頂点、つまり島民にとって一番近い便利な場所あるというわけです。
黄色い二階建ての一軒家には看板もなく、おそるおそるドアを開けて入ると店舗は8畳ほどの空間。
数えきれないほどの種類のパンが一面にぎっしりと並べられています。
たかだか2,000人ちょっとの島での商売ですから多品種少量生産にならざるを得ないのでしょうが、それにしてもこの種類の多さには目移りするほど。
なかには揚げかすだけを挟んだ「たぬきバーガー」のような、チャレンジ精神というかほとんどお遊びで作っているかのようなパンもあります。
開いてみるとほんとに揚げかすだけ。しかしちゃんと真面目に作られていておいしいのです。
これまで食べたなかでは」焼きベーコン&チリビーンズ」「ハムカツ」「パッション」「プリンラスク」などどれもおいしくて印象的。
しかしさらに印象的だったのは販売を担当する奥さんの愛想のよさです。
もう一軒、昔からあるパン屋の愛想の悪さとは対照的ですから、こちらに人気が集まるのも当然と言えるでしょう。
今年6月にも世界自然遺産への登録が決まるかもしれない小笠原諸島。もし父島に行くことがあれば一度は足を運びたい店です。
「ローカルベーカリー」(小笠原父島・パン)
https://tabelog.com/tokyo/A1331/A133102/13121532/