ほんとうにおいしい店だけのグルメガイド
東京とっておき! !

1,500年の眠りから覚めて。

2012.12.21

“ある人”にどうしても会いたくなって、
電車に飛び乗ってしまいました。

東京から電車を乗り継ぐこと2時間半。

最後は往年の”湘南電車”115系に乗って
ようやくたどり着いたのは、群馬県渋川市です。

しかしこの115系、驚いたのは扉が手動だったこと。

東北などでよく、ドアの横のボタンを押して開ける
半自動は見ますが、ドアそのものの取っ手を
客が横に引いて開ける【全手動】は初めて見ました。

う~ん、ニッポンはまだまだ広い。

さて、渋川駅からタクシーで20分ほど。
たどり着いたのはここ。

会いたかったのは、この人です。

いまから1500年前を生き、榛名山の火砕流に
鎧を着て立ち向かった勇者です。

鎧というのは、これ。

当時の鎧(正確には甲と書く)の復元図です。

こうして、鎧を実際に着ている状態で
発掘された人物は史上初のことだそうです。

ここは、金井東裏遺跡(かないひがしうらいせき)
6世紀前後のもの。

想像される輪郭を白い線で書き加えてみましたが、
写真の真ん中が、胴体に巻かれた鎧。

そして左にあるのが頭蓋骨の一部です。

左上腕骨の向きから推定して、左腕は
手のひらが後ろの方向だそうです。

つまり、ひざまずき、前に崩れるように倒れて
息絶えたとのこと。

鎧の下の部分には大腿骨が見えます。

倒れた場所は、V字型の人工の溝。

この勇者は、息絶えたと前後して
火砕流が運んできた火山灰にそのまま
埋もれたため、ほぼ完全な姿で残りました。

群馬県教育委員会文化財保護課によれば、
彼は戦をやっていたのではなく、榛名山の
噴火を鎮めようと呪術を行っていたのではないか
とのこと。

火を噴き、荒れ狂う山の怒りを前に、立ち向かった
彼はまさに勇者であったと私は思うのです。

しかし見つかったのは、勇者ひとりではありません。

すぐそばに、もうひとつ鎧が眠っていました。

この鎧の付近ではまだ人骨が見つかっていません
から、どういった人物のものかはわかっていません。

また、近くの別の場所では乳児の頭骨の一部も。

なぜ彼らは危険を冒してまで榛名山に近づいたのか。

なぜ乳飲み子が一緒にいたのか。

そして、彼らが埋もれていた溝は、誰が何のために
掘った溝だったのかすらわからないという数々のミステリー。

これから先、ほかのエリアの発掘作業が続き、
さらに重要な成果が出るかもしれません。

まさに日本のポンペイと言うべきでしょう。

イタリアで火砕流に飲み込まれ、1700年近くも時間が
止まった状態のまま発掘された古代都市とその規模は
違いますが、日本の歴史にとって貴重なものです。

しかしこの遺跡は、バイパス道路建設に伴い発掘され、
このまま破壊され、道路の下に埋もれてしまう運命に
あります。

このままでは日本の貴重な歴史の”証言者”たちを
失うことになってしまいます。

日本のポンペイを守ろう。

そういう声が起こり、歴史が残されることを祈ります。

 

 

 

 

 

この文章は「とっておき!!のねごと。」からのものです。
http://www.totteoki.jp/negoto/

みんみん(♂)とっておき!!支配人

福岡県生まれの九州男児。中学高校とブラスバンドに所属し、高校のブラスの先輩がタモリさんというのが数少ない自慢です。メディア関係の企業に就職し、転勤族だったため各地のおいしいお店を探して食べ歩きを始めたのがこのウェブサイトの原点。現在は、映像関係の会社を営んでいます。

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